松本市弘長寺の紫陽花

** 2001/06/30 撮影 **

鎌倉時代、松本平一帯は「有明の里」と呼ばれ幕府直轄地になっており、
五代執権北条時頼の六男、相模六郎政頼が派遣されていました。
赤木山薬王院弘長寺は、若くして病没した政頼の菩提を弔うため、
弘長三年(1263年)に時頼により創建されたという古刹です。
昭和55年から約5年をかけて紫陽花庭園が造成され、
今では30余種1000株の紫陽花が咲き誇る「信濃あじさい寺」として知られています。

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