鎌倉時代、松本平一帯は「有明の里」と呼ばれ幕府直轄地になっており、 五代執権北条時頼の六男、相模六郎政頼が派遣されていました。 赤木山薬王院弘長寺は、若くして病没した政頼の菩提を弔うため、 弘長三年(1263年)に時頼により創建されたという古刹です。 昭和55年から約5年をかけて紫陽花庭園が造成され、 今では30余種1000株の紫陽花が咲き誇る「信濃あじさい寺」として知られています。